大学時代の気持ちに戻る曲
①
「おかわりも自分でセイイェー」
かわいい。私も一年の頃は肉に賞味期限があることも知らなかった。
②
初めて買ったCD。一人暮らしデビューの曲かと思いきや違うんだよナーとか途中に泣き声が入ってる!とかワイワイ話して楽しかったな。ちょっと冷たい春風を思い出す。
③
大学後半戦の沈殿してく感じ。いいなー。
④
個人的な思い入れ。元彼が好きだったんすよ。
⑤
泉まくら 『balloon』 (Official Music Video)
あの娘の毎日がやけにドラマチックに
見えだしてから急に笑えなくなったの
いやー。なにもかも。
ピアス
「私さ、永沢んちにピアス落としてない?」
次々と改築されていく講義棟に取り残されて第二講義棟は古くて狭くて寒かった。私は少し大きめの深緑のセーターの袖を指先で握りながら、授業終わりに教室を出ようとする永沢の背中に声をかけた。喉が渇いてはりついて不快。だけどなんにも考えてないような顔を保つ。
「おお長沢。ピアス?」
振り向いた永沢は少し微笑んで聞き返した。本人には微笑んでいる自覚はないのだろう、これは彼の地顔であり、鎧であり、人から好かれる理由である。
「見てないなぁ…どんなん?」
黒くて大きなリュックをしょいなおして、首元ののびたTシャツの前で腕を組む。
「紫のクロッカスがついたやつでさ」
「クロックス」
「いや、クロッカス」
「違うん」
「クロッカスは花だよ、春に咲くやつ」
「お~紫の花のピアスね、おっけ、探しとく」
「耳からサンダルさげないから」
確かに、と元から高い位置にある口角をさらに上げて永沢は笑った。じゃーよろしく、と言い残して私は反対側の出口へ向かう。耳からサンダルってもうワンテンポ早く言えばよかったな、あれじゃあ会話を少しでも長く続けたいって気持ちがばれてしまったかもしれない、いや今こうやって素っ気なく去っていることでカモフラージュされているかもしれない。少し歩を緩めて溜息をつく。別に永沢が好きなわけではない、と、思う。だけど今わたしの身体は鼓動が響いてうるさい。
その日、ドアを開けた永沢はなんの感情も伝わってこない、というより感情をすっかり使い果たした様子だった。顔だけに二十数年間で染み付いた笑顔があった。
「よ、来てくれたん」
「来てあげたよ」
「さんきゅ、今散らかってるけど中はいって」
「いやいいよ、これだけ渡しに来た」
私は愛想のない茶色の紙袋の中身を永沢に見せた。
「えっこれ長沢つくったん?」
「そそ、おいしくないかもだけど」
「えーー絶対おいしいって!俺、マフィンなんて3年ぶりかも、いや4年?」
「オリンピック並みだね」
「いやー、オリンピックといえば羽生くんすごかったみたいだねぇ」
永沢はラップに包まれたマフィンを手にとってしげしげと見る。フィギュアスケート好きのくせに国民の半数が見た演技をまだ見てないのか。そんなに、ショックだったのか。
「まぁ、だからさこれでも食べて」
「長沢ってやさしいよな」
「え?」
「失恋した友達にお菓子作ってきてくれるなんてなぁ。泣ける」
触れてはいけないかもと逡巡していた話題を突然ふられて固まる。永沢は気にしていないようにマフィンから目を離さない。
「別に。でも、大丈夫なの?」
「まぁなーだいじょばないな」
「そう」
この手の話には疎いので何も言葉が浮かばない。しかし永沢が高校時代も含めて6年間付き合っていた彼女と関係を終わらせたと聞いたとき、他人事ながら数秒間なにも言えなかった。本人たち含め誰もが、このまま結婚するだろうと思っていたのに。
「髪切るのもいいと思うよ、古典的だけど」
「長沢、俺いま坊主」
「そうだ、ったね」
「切る髪はないけど、そうだな、部屋の片付けとかしようかな」
「うんうん、精神衛生も保たれるし」
そう言って言葉につまってしまったので、じゃと小さく言って背を向けた。私は沈黙が苦手だ。
「え、長沢もう帰んの」
「うん、そっとしとこうと」
「そっか、ありがとな、ほんとに」
うん、と言いながらドアノブに手をかけた瞬間、「あ、終わっちゃう」と思った。そしてその体勢のまま動けなくなってドアノブと手の温度がつながっていった。
「長沢?」
「やっぱあと1分だけいようかな」
振り返ったあとの景色はよく覚えていない。気がついたら永沢の顔が目の前にあって、温かい息が顔にかかった。永沢はいつもの笑顔じゃなくて私は今起こったことよりも永沢が笑顔を消せることに静かに驚いた。永沢は何色でもない瞳でこちらを少し見下ろした。
「ピーコックってなんだっけ」
「え、孔雀」
質問の意味にも即答した自分にも戸惑って、「あ、そだ孔雀」とあごに手を当てて元の位置に戻る永沢をぼんやりと見た。いつもの笑顔は戻っていた。
本物
もういいやって諦めた瞬間に抱き寄せられたり、相手が弱っているときには支えたり、ちょっと意地悪な感じで攻められたり、ピンチの時は駆けつけてくれたり、ケンカしても仲直りして絆を深めたり、なんだかんだで私のことを一番に想ってくれたり、私も一番に想ったり。そういう少女漫画で見たあれこれしか恋愛と呼びたくないです。「そんなの偽物だよ」と言われたら「そうですよね」と笑って返すけど、何が本物で何が偽物かは私が決めることでしょう、心のなかではそう思ってます。もし現実で付き合っている人がいたとしてもそちらが疑似恋愛で、少女漫画が本物。恋愛の定義が世間一般とずれてることはわかってます。だけど私だけの恋愛の定義を隠し持つことはそんなに許されないのでしょうか。誰かにため息をつきながら教え諭されなければいけないのでしょうか。私の見つけた「本物」を「嘘だ、偽物だ」と笑われても黙っていなければいけないのでしょうか。
似てる
君に似てる人に抱いた愛に似てるもの、ひとつも嘘じゃないのに。
2018.2.11
「君は本物を知らないんだ」ってばかじゃねえの。お前が何を知ってて私が何を知らないっていうんだよ。お前が言ってる「本物」は、「社会」は「仕事」は「結婚」は「愛」は「幸せ」は全部、お前のお前によるお前のための定義でしかないんだよ。他人に押し付けんな。偉そうにすんな。自分と他人の区別くらいちゃんとしろ。「君は人生を損している」だろうがなんだろうが死ぬまでくっちゃべってたらいいけど、そういう前提で誰に語りかけたって一ミリも相手の心動かせねえからな。いいか、他人の話を聞かなくなった人間も、他人に話を聞いてもらえなくなった人間ももうなんにもおもしろくないんだよ。勘違いすんな。ここまで言ってもお前はわーわー机の上で喚くだろ飽きもせずに。お前の声を大きくさせている理由はなんなんだよ。自分の後ろには大勢の人がいるっていう意識だろ。それがなんなんだよ。私とお前が話してるんだから一対一で話せ。
大学生
買い出しに自転車を走らせた夜、白い息を吐きながらトシキんちに向かった。数百円ずつ出しあって鍋と酒。女子もいたらなんか盛り上がるゲームでもするだろうけど今日も相変わらずの野郎飲みだから麻雀。俺たちのまいにちはのびのびになりながらもなんとか形を保っていて、ちょうど今穿いてるジャージのゴムみたいなもんだった。誰かがカラオケ行きてーって言い出したらみんなうわ行きてーってなっちゃって、んじゃ行くかと言い出すまで1分もかからない。
外に出た瞬間「さみー」とトシキが大声で叫ぶと、どっかの家の玄関からじいさんが出てきたので俺たちは急いでその場を離れた。
見上げると星空。オリオン座しかわかんねえ俺の息がふわふわと登っていって消える。こんな俺をいつか「よかった」って思える日が来るのかな。
どうか
「あの子はいいお友達をもったね」とお母様は私が手渡したノートを大事そうに胸に抱えた。「いえ、そんな」と咄嗟に返して俯く。本当にいい友達だったら生きてるときにもっと支えられたはず、でもそれは飲み込む。これは遺されたご家族のためだから、「あの子はいいお友達がいて幸せだった」と思ってもらうためのものだから。どうか幸せに、幸せになることに負い目を感じずに、暮らしていってほしい。30も上の方にそんな思いを抱くこと自体不遜なのかもしれないけど、でもこれが私の精一杯。そしてそれは私自身にも思っていることだから。どうか、やさしい人が他人と自分に分け隔てなくやさしくなれますように。