二人

クルマがざるを持ってかまえると、ハバは麺の入ったお湯をそそいだ。

湯気の立ち上る流しでクルマは数回ざるを振り、ハバがそばに置いた平たい皿に中身を出した。

今日のお昼はハバの好きな酸っぱい麺だ。

クルマは酸っぱい麺が好きでも嫌いでもなかったが、ハバがうれしそうなのでそれでいいやと思っている。クルマの好物は辛いパンだけど、ハバがそれをどう思っているかは知らない。多分好きでも嫌いでもないんだろう。

ハバの目がテーブルの上を徘徊しているのでクルマは台所の戸棚から酸っぱい粉の入った瓶を取ってきた。ハバは目を細めて口をとがらせる。これはハバの感謝を意味する。クルマは眉毛をあげて少しうなづく。これはクルマの了解を意味する。ハバが酸っぱい粉をかけると麺はピンクに染まった。フォークが皿にあたる音だけが響く部屋で、クルマは窓の外を見て次に咲く花のことを考えていた。

二人は共有する言葉を持たない。

口から発する言葉でやりとりをすることを会話と言うのなら、二人は会話をしたこともなかった。たまにかかってくる電話に出るときはクルマもハバもそれぞれの言葉を話すけど、相手がどんなことを言っているのかはわからない。

でも二人は二人でいられることがなによりも嬉しかった。

「それでいいんだ」

とクルマがつぶやくと、ハバが

「ソォーダイダ」と音だけを真似した。

クルマは笑って人差し指でハバの口の横に付いてるソースを拭いた。ハバも照れ笑いをして、そして自分とクルマの空いた皿を流しへ下げた。一人残ったリビングで指を舐めながら、クルマはふいに「あ、次は花びらが二重になったあのピンクの花かな」と思い至った。

廊下の奥からパタパタとハバのスリッパの音がしてすぐ側で止まった。見上げるとハバが目を細めながら今日の新聞を差し出している。

クルマははっとした顔になって急いでページをめくり始めた。そしてある一点をまじまじと見つめ「あっ」と声をあげた。ハバはクルマの好きなものが特に好きではないので新聞を覗きこむことはせず、クルマの様子をぼんやりと眺めていた。

全文を読み終えたらしいクルマはとびきりの笑顔になり、新聞を床にほおると壁にかかっていたウエスタンハットを被り映画のスターのようなポーズをした。

それは旅の合図だった。ハバは途端にうれしくなりその場で跳ねた。クルマもハバも旅は大好きだった。