仕事

埃くさい小さなオフィスで野暮ったい制服着ながらパソコンとにらめっこしてるのが私。そんでこれが私の仕事。地味ですねって?反論はいたしません。誰が見たって地味ですもの。今は沖縄の取引先へメールの返信を催促する文章をどこすかどこすか打ち込んでる。まったく比嘉の野郎、今頃泡盛で一杯やっちゃんてんじゃないの?今日中に返信来なきゃそっから作業進まねえんだよって私はちょっとイライラきてる。隣のまみちゃんは小さくアクビ。入社1年目の彼女は、特に嫌なことも楽しいこともなく、ついでに言えば若い男もいないうちの会社に飽ききってる。今も同じファイルを閉じたり消したり消したり閉じたり。彼女は大学時代、アメリカへ留学したりボランティアに励んだりラクロス部マネージャーとして男を食い漁ったり、そりゃもう意欲的で正しい大学生だったそうだけど、大手の最終面接でことごとく落ち続け、巡りめぐってうちに辿り着いたらしい。なぜそんなに詳しいかといえば、なんの不思議もない、何回も何回もため息混じりに本人から聞かされただけであって特に興味があるわけではない。「私はもっと個人が輝ける会社に行くはずだったんです。社員一人一人が仕事にやりがいと誇りを感じられるような。そして日本のこれからを作っていきたかったんです。」と薄く涙を滲ませて話す彼女の姿にさすがに少々同情はしたけれど、それ以上の感情は出てこなかった。それでも優しさをかきあつめて「そうか、転職頑張れ」と励ましたのに、恨みがましくこちらを睨み、「先輩はそのままでいいんですか」と言い放った。何を恨まれたのかはわからないが、私はこのままで別にいい。そもそも仕事にやりがいとか誇りを求めるのは、プロフェッショナル仕事の流儀の観すぎであって、あれを仕事のスタンダードだと思い込んでしまうのは完全に現実離れした話。そりゃ天職に巡り会えた人はよかったねと思うし、それで世の中に貢献できたら素晴らしいことだとも思う。だけど現実はもっと地味で普通で淡々としていることばかりだ。仕事かったりーなーと思いながらも、みんなお金を貰えるからそこそこ真面目に働いてお金を貰ってる。でもだからといって個人が埋没するわけではないし、仕事に価値がないわけでもない。私のポストはいなくなっても誰かが代わりに入れるものだ、だけど今その「誰か」は私だ。そして金を貰い、その金で食べ物を食べ、家賃を払い、たまにアイドルのDVDを買っている。仕事は大体つまらないけど、仕事帰りに飲むビールはうまいし、同僚とのたわいない会話もうれしいし、この前奮発して買ったヒロくんのチェキも見てるだけで幸せだ。ほら、仕事に照らしてもらわなくても個人なんていくらでも輝く。座ってほしいと言われた椅子に座り、やってほしいと言われた仕事をこなし、その対価として金を貰う。金がすべてではないけど、金があるって生きてけるってことだから。自分でも他人でも金があれば養える、それってすごいことだよ。

ピロリン。ね、比嘉。あんたはどう思うかな。

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