おいしそう
夕飯でイクラをご飯にかけた。
白いご飯の上できらきらと光るイクラを見るだけで涎が出てくる。
おいしそう。
でもこれをおいしいものとして認識している国は世界にどれぐらいあるんだろう。
オーストラリアの友人は魚卵を気味悪そうに見ていたことを思い出す。
確かに食べない人から見るとかなりきもいビジュアルだろう。
それでも私が「おいしそう」と反射的に思うのは
「おいしかった」経験があるからだ。
それならば、今「おいしくなさそう」と思うものでも
「おいしかった」経験を重ねれば、いつか「おいしそう」と思うのだろうか。
道を歩いていたら、強い風が吹いて砂が口の中に入ってしまった。
ぺっと唾を吐きかけて目を見開く。
おいしい。
口の中の水分を奪ってゆっくりと固まっていくもたっとした舌触り。
ほろ苦さの中に地球の甘みが感じられる大人の味。
ふと視線をあげると、そこには幼稚園児たちが集まる公園があった。
砂場にはこんもりと山になった大量の砂。
一歩踏み出しかけた足を止め、首を横にふって元の道を進む。
きっと疲れてるだけだ、砂がおいしいなんて。
家に帰ると母が台所で夕飯の支度をしていた。
「ただいま」
「あら、おかえり」
「今日のご飯なに?」
「毛糸の煮物に、定規のきんぴらに、椿の漬物かな」
「……どういうこと」
「隣の佐々木さんからレシピおしえてもらったのよ~」
「な、レシピって」
「毛糸って今流行ってるんだって、フリースよりも水をよく吸収するし
消化にもいい。わりと味もいけてるのよ。」
「ちょお父さん、何か言ってよ、お母さんおかしいよ」
「ん?まぁ新しいものに挑戦するのは悪くないんじゃないか」
「新しいって新しすぎるでしょ、お父さんまで何言ってるの…」
「ほら、それよりもこれ見ろ。今日の朝刊、今年最高値の雲は3000万だと」
「くもって雲…?ただの水蒸気の塊じゃない」
「お前は若いからまだ良さがわかってないなぁ~こういう雲は形も質感もいい上に、珍しい金床雲なんだと、ま、きのこ雲ってやつだな」
「きのこ、はおいしそうだけど…」
「私、一生にいっぺんでいいからそういう雲食べてみたいな~私たちみたいな一般人は下から見上げるしかないけどさ、醤油とかつけたらおいしそうっていつも思ってる」
「お姉ちゃんまで!」
「違うんだよ、ツウは雲を孤独にからめて食べるんだと」
「孤独!?概念!?概念まで出てくるの!?」
「へぇ~意外と一般的な調味料でおいしくなるんだね」
「ねぇみんなどうしちゃったのよ、元に戻ってよ、なんなのこの世界は!」
「ほらほら早く手洗ってきなさい、ごはんできたわよ」
「わーい、おいしそう~あっお母さん、この椿めっちゃしゃきしゃきしてる!」
「お、お母さんの定規きんぴらは相変わらずうまいなぁ」
「あら、本当?年明け椿は天からのお年玉って昔から言うからねぇ、
お父さんには定規、おかわりもあるから遠慮せずに食べてね
ほらあんたも冷めないうちに食べちゃいなさい」
私は小皿に行儀よく盛りつけられた毛糸と定規と椿を目の前にし、
1分ほど固まったあと覚悟を決めて、目をつむったまま口にほおりこんだ。
お、いしい。
「おかあさーん!今日の夕ご飯はゴムのラーメンがいいな~」
「いいわよ、でもラーメンだけじゃさみしくない?」
「じゃ付け合せに私が誇らしさのアヒージョ作るよ」
「またそんな高級素材使って~」
「へへ、いいじゃん。今日はお母さんの誕生日なんだから」
いやーでも、そんなになんでもかんでもおいしかったら大変だろうな。
四六時中おいしそうなものに囲まれたら、おいしそうって気持ちもなくなりそう。
やっぱりおいしくなさそうなものがあってこその、おいしそうなものだからねぇ。
などなど咀嚼しながら考えた。イクラは大層おいしかった。