わがまま
「どう、最近は」
「そうだねぇ」
「お父さんとお母さん、体調は?」
「うーん、良くはならないかな。まさか二人ほぼ同時にああなっちゃうなんてねぇ」
「そっか」
「まぁ私が今できることは二人が一日でも長く生きられるよう介護するってだけだから」
「そうだね。よくやってるよ、本当に」
「ありがとう。みんな、どうしてる?」
「みんなは元気だよ。心配してた」
「そうだよね。いきなりこんなに長くお休み取っちゃって、迷惑かけたわ」
「あたしらのことは気にしないで。今は介護、頑張って」
「うん…あのさぁ、こんなこと言ったら否定されるってわかってるんだけど」
「うん」
「今までわたし、自殺する人って正気じゃないとか考えが足りてないってイメージだったの。でもそうじゃないこともあるんじゃないかなって」
「え?」
「選べるうちに自分で死を選ぶって、絶対に悪いことなのかな」
「待って、何言ってるの?」
「信じてもらえないかもしれないけど。私は冷静に、そう思うの」
「…死にたいってこと?」
「うーん。自分の納得のいく死に方で死にたい、かな。うちのお父さんもお母さんも、毎日苦しそうなの。本当はもう生きてたくないって思ってるかもしれない。でもそれを伝えられないし、自分で死ぬこともできない。私をはじめ周囲の人が生きててほしいって思い続ける限り命は続いてしまう」
「うん」
「自分がそうなる前に私は自分の死を自分で選びたい、と思って」
「そ、うかぁ」
「もちろん親はちゃんと看取るよ。それまではなんとしてでも生きる。恩返しはしたい。でもそのあとは私の好きにしてもいいかなって。結婚もしてないし、身寄りもいないし」
「友達じゃ、力になれない?」
「あ…ごめん」
「いや」
「やっぱりこんなこと、言うべきじゃなかったね。ごめんなさい」
「いやいや。今考えてること、よければ何でも聞かせて」
「ありがとう。…うん。命が続く限り生きるっていう大前提が最近きついのよ。なんで自分の命の終わりくらい自分で決められないんだろうって。でもだからってなんでもいいから死にたいっていうのとは違うのよ。私はただ、穏やかに自分の納得のいく方法で死にたいの。そのために自死っていう選択肢があってもいいんじゃないかって」
「そう。それらを病気の人だけじゃなくて、健康な人にも認めてほしいの」
「なるほどねぇ」
「まぁこんな考え、受け入れられるとも思えないけどね」
「でもさぁ、ありきたりな言い方になるけど、生きてればいいことがあるよ。生きててよかったって思うこと、きっとこの先もあるよ?」
「うん、私もそう考えてたの。ちょっと前まで。幸せになれば、生きたいって思うんじゃないかって。でも違った。いいことがあっても、笑ってても、変わらないの。私の中で幸せと死にたい気持ちは別なの」
「じゃあ…どうすればいいの。あなたに生きててほしいって思う周りの人はどうすればいいの」
「…まぁ今すぐの話じゃないけどね」
「私は、ずっとあなたに生きててほしい」
「うん」
「でも私がそう言っても効果ないんでしょ」
「いや…」
「親御さんへちゃんと恩返ししたいって気持ちも納得のいく死を選びたいって気持ちも、なんとなくだけどわかったよ。でもそれって矛盾してると思う」
「え?」
「神も天国も信じてないから親が死んだらそれっきりだって思ってるでしょ。違うと思うよ。親の幸せを願うんなら死んだ後もちゃんと生きる、それが一番なんだよ」
「うーん」
「でもそれが苦しいんだよね。そういう人に生きろって言うのは酷だと思う。だけどさ、私はどんなことをしてでもあなたに生きててほしい。ずっと言い続けるから」
「うん…ありが―」
「お礼言われることじゃないよ。死にたいってのはあなたのわがままだし、生きろってのも私のわがままだからさ」
「そっか」
「おいしいもの食べよう。あと一緒にジョギングしよう。うちの柴犬も連れてくよ。庭に花も植えよう。かわいい服も買おう」
「いやそんな時間ないし、余裕も…」
「どうせ近々死ぬならめちゃくちゃ生きればいいじゃん」
「うーん」
「今あなたに必要なのは同じ文脈を生きていないものだよ、きっと」
「文脈…」
「会おう。連絡取ろう。一緒に話しよう。お願いだから」
「うん…ありがとう。」
「ううん、ごめんね。ありがとう」
帰り道、あの子が求めていたのは正解じゃなくて肯定だっただろうに、と気づいて喋りすぎたことを反省した。自分の球を投げるんじゃなくて、相手の球を受け取り続けるという伝え方もあった。次に会ったときは気を付けるぞ、と沈む夕日をにらみながら冷たい鼻をすする。
人はみんなどうしようもないほどわがままだけど、それはきっと愛されるべきことだ。