一人

丈の短いスポーティな紺のワンピース。裾がほんのりと透けてる白レースのスカート。アニメのキャラクターが真ん中に大きくプリントされた白のTシャツ。黄色地に水色のストライプのだぼっとしたシャツ。体のラインを強調する露出度の高い黒のワンピース。
すべて私のお気に入り。だから外で着ることはない。
仕事終わりの金曜日。くたくたになった体を丁寧に洗い上げ、落とした化粧をもう一度し直す。会社にいくときとは別の、自分のための化粧。そして狭いクローゼットの左側にかけられた宝物たちをしばし眺める。右側に並ぶ会社用の、いや「外用」の、無難で常識的な服たちは指に力をいれて壁に押し込む。今日は黒のワンピースにしようかな。
別におしゃれが好きなわけではないけど、外見を変えることのわかりやすさは好き。すこし濃いめの化粧をして、大胆に露出した服を着て鏡に映せば、はっきりとした声が聞こえる、「君は価値のある人だよ」と。
それだけでいい。
誰に見せなくても、褒められなくても十分に私の価値は示された。
それ以上を望むから傷つくんだ。
ひととおり鏡の前で楽しんだら、その姿のまま昨日から仕込んでいた煮卵をつまみながら夕食を作る。今日は炊き込みご飯と豚汁。私は手際がすごく悪いけど、改善しようともせずにだらだらと料理を作る。それが心地いい。どんなに時間がかかっても失敗しても一人でいるときだけは許される。
会社では今日も上手く出来なかった。用意した書類が一部足りなかったし、発表し終わったときの部長の反応もよくなかった。同期とのお昼でお水を人数分持ってくるとか気のきいたこともできずにただ立ち尽くした。企画会議の合間の休憩でまだお互い少しぎこちないからなんとか盛り上げようとしたけど、何か言い出そうとするたびに先輩と言葉がかぶって上手く会話を回せなかった。
野菜を切りながら思わず「あー」と声が出た。かき消そうとしたってね。涙を拭うこともなくそのまま流す。誰も見てないところで他意なく流す涙も心地いい。
他人とつながろうだとか、言葉を尽くして伝えようだとか、そういうのはもうぜんぶ諦めたい。
身だしなみを整えてあいさつをしてにこにこしてれば少なくとも文句は言われない。何も主張しないこと、人と無闇に関わろうとしないこと。それが一番賢い生き方だった。この歳になってやっと気づいたのに、まだ私は上手く出来ない。
食事を並べて席につくと気持ちが少し落ち着く。炊き込みご飯を一口頬張り、無表情で「おいし」とつぶやいた。美味しいものは裏切らないから好き。
ふと机の端に置いた携帯が鳴る。視線だけ向けると、関係の持ち方に失敗したこの前の人だった。「久しぶりー元気?」ってか。しょうもな。私でもあの人でもなく、間にあるものが救いようもないほどしょうもない。
箸を置いてもう一度鏡を見る。一人でばっちり化粧してこんな露出した服を着てるばかみたいな姿を手でなぞる。
大丈夫だよ、私。
これ以上を望まなければ。
背後でまた携帯が鳴る。
きつく目を閉じて静寂を待つ。