「もう行くから」と肩をたたかれる。

今目覚めたふりをして「ん」と目を開ける。

朝ははじまりのようでおわりだ。

もうちょっといればいいのに、と言いかけたけど

甘い感情が完全に消えた彼女の顔を見て口を閉ざした。

外は雨。

朝とは思えない暗さに心が落ち着く。

家にいることを肯定してくれるせっかくの天気に出掛けるなんてばかだ。

そうやって彼女を引き留める口実を探している俺はもっとばかだけど。

彼女はピアス忘れてた、とつぶやいて散らかったテーブルの上を探す。

俺は何も言えないままその横顔を見る。

目の動き、鼻のかたち、唇の丸み、首元の白さ。

ずっとそばにいればいいのに。

 

 

「じゃあね。冷蔵庫に昨日の残り入れといたから。」

ヒールのかかとに手をかけて玄関に立つ。ポニーテールが揺れる。

俺はスウェットのままのそのそと玄関まで歩く。

「じゃ」と笑顔であげた手を握ろうかと思ったが

触れていいのかわからないので触れない。もう朝だから。

行き場をなくした手を頭に持っていきぼりぼりと掻きながら

「来週は…」と言いかけて続けられなかった。

またねって言わないんだよなこいつ。

俺の落とした視線をすくうように覗き込んで

彼女はふふ、と小さく笑った。

「傘、持ってんの」

と聞くと、じゃじゃーんと言って

鞄の中から折り畳み傘を自慢げに取り出す。

「あそ」と言って一呼吸置いて「またな」と言った。

彼女は何も答えずにドアを開け、手を振る。

俺は情けない顔にならないように気をつけながら手を振ったけど

状況が十分に情けないから何をしても無駄な気もした。

 

いなくなっても部屋にはまだ彼女の匂いが残る。

袋につめて保存したい。毎日の飢えをそれでしのぎたい。

きもいな俺と嫌になって床に座る。

テーブルの上に出したまんまのポテチをついばむ。

しけてまずい。でもなにか口に入ってないと自分を保てなかった。

俺たちはおわりにするべきなんだろうか。

いや、そもそも何もはじまってないかと自嘲気味に笑う。

そして多分「俺たち」でもない。

 

油にまみれた指をなめて強めに噛むと気持ちは少し落ち着く。

ふと視界の端で何かがきらりと光る。

ピアスだ。

手にとってしばらく見つめて握りしめる。

寝っころがって耳を床につけると

鼓動がうるさいくらい大きく聞こえた。

どうしようもないな、本当に。