(ノン)フィクション
息を切らしながら言ったこと 清潔な一言にまとめられて またひとつ ぼくは消えた「世界にたった一人」という わずかな誤差 この狭い狭い箱のなかで 出会って笑って メダカみたいに泳ぐ十数年横一列に歩きながらおしゃべり 左足だけ歩道にのっけて 右足は落ち…
「君は本物を知らないんだ」ってばかじゃねえの。お前が何を知ってて私が何を知らないっていうんだよ。お前が言ってる「本物」は、「社会」は「仕事」は「結婚」は「愛」は「幸せ」は全部、お前のお前によるお前のための定義でしかないんだよ。他人に押し付…
買い出しに自転車を走らせた夜、白い息を吐きながらトシキんちに向かった。数百円ずつ出しあって鍋と酒。女子もいたらなんか盛り上がるゲームでもするだろうけど今日も相変わらずの野郎飲みだから麻雀。俺たちのまいにちはのびのびになりながらもなんとか形…
「あの子はいいお友達をもったね」とお母様は私が手渡したノートを大事そうに胸に抱えた。「いえ、そんな」と咄嗟に返して俯く。本当にいい友達だったら生きてるときにもっと支えられたはず、でもそれは飲み込む。これは遺されたご家族のためだから、「あの…
「うんうん」「えらいね」「それで?」って話を聞いて、相手が言って欲しそうなことを言って、弱ってるときは優しく声をかけて。そういうことを続けていたら好かれた。そして心が汚れた。常に目の前の誰かに対して「○○してあげる」姿勢になっている自分が気…
大事な人を亡くしてから、心の機微や細やかな所作を捉えられなくなった。怒らなくなり、こだわらなくなり、諦めるようになった。それがいいのか悪いのか、強さなのか弱さなのか、正しいのか間違いなのかはわからない。すべてかもしれない。ただなんだか私の…
私が死んだ次の日に駅前で自転車が盗まれた。 女子高生が川沿いを走っていた。 太った猫がくしゃみをした。 空き缶が車に潰された。 交番のお兄さんが暇そうだった。 サラリーマンが道路でしゃがんだ。 祖母に手を引かれた少女が空を見上げた。 私が死んだ次…
恋愛の仕組みがもう少し単純で、より長く見つめられた者が勝利するというゲームだったら、私は三年間負け続けていて対戦相手は自覚もなく勝ち続けていた。 今私の前にいる因縁のライバル、木月の瞼はほぼ閉じかけていて、知らない人が見たら眠そうとしか思わ…
私のことを一日のうちで一瞬も思い出さない、そんな人を思い続けたって無駄。うまくいかなかったら失敗。永遠に続かなければ偽物。 もうそうやって、自分の気持ちをいじめるのはやめることにした。 別にいい。誰かもわからない他人の意見を早食い競争みたい…
「なんで結婚しないの」 「英語どれぐらい話せるの」 「就活で人生決まるからね」 「地方の零細企業でしか働けなさそう」 「世の中って君が考えてるほど甘くないよ」 私にとって取るに足らないことを、たいしたことだと押し付けられるのが嫌いです。だから私…
「どう、最近は」 「そうだねぇ」 「お父さんとお母さん、体調は?」 「うーん、良くはならないかな。まさか二人ほぼ同時にああなっちゃうなんてねぇ」 「そっか」 「まぁ私が今できることは二人が一日でも長く生きられるよう介護するってだけだから」 「そ…
私は、与えられた土地の上に立っている。 日本人、女、偏頭痛、黒髪、中流階級。 私にとって生きるとはそういった土地の上に立つことである。 身体が家で、人生は庭。 季節と共にうつろう庭の存在は寂しくうれしい。 手入れをしたりサボったりを繰り返しなが…
あんな夢を見ても晴れ 今日君の好きなバンドが解散したよ またこの世界で目覚めてしまった。そのことに気づいて毎朝2秒、息を止める。 あちらのお母さんから連絡があって、あの子の日記に並ぶ私の名前を教えてくれた。 「なんでだろうね」。呟いた声が響いて…
「なんか…すごかったですね。」 「うん、濃かったね」 「私あの方たちが話してること正直あまりよくわかってないです」 「ねー大きな物語とかオルタナティブ音楽とか、ずいぶん盛り上がってたね」 「でも先輩は話ふられても答えられてたじゃないですか、すご…
天国を作ろうと決めた。 私はこの先の人生で 君にとっての天国を作ろうと決めた。 死んだ先にしかないなんて言わせない。 地上で天国は作れる。 私の作る天国には天使は飛んでないし いい匂いのする花も咲いてない。 ばかばかしい冗談ばかりかもしれないし …
失った記憶もただれた顔も すべてを奪うことはできなかった 引き寄せられた身体は 境界線をなくして昇っていく 一番はじめに見つけて 君に光る私
触らないで 泣いたって 崩れてるわけじゃない 天に伸びるその姿と 平行を保って 一緒にいて
ダサいと思ってた大人に年を取るほど近づいてく。年下の経験と自分の経験を区別できなくなって物知り顔で諭してくるジジイが未来の自分に見えて殴りたくなる。暇でもないのに暇をつぶすために見たくもない画面を見る昼休みは、旅行、人との出会い、充実、や…
鏡はきらい。 自分の顔からできるだけ意識を離していたい。 私は小さい頃から美しくなくて、 まぁ一言で言えばブス。 小学校2年生のとき隣の席のゆうとくんが言った 男の子は笑った、女の子は怒った その言葉、ブス。 そのときにはじめて自分がブスだって知…
雨。買ったばかりのスニーカーが濡れてテンション下がる。傘の柄を肩にかけてしゃがみ、爪先の泥を指ではじく。あー、まだかなバス。100m先に見える曲がり角を睨んでみても思い出したようにぽつぽつと車が現れるだけでバスらしき音さえしない。 スマホに視線…
関係には名前をつけなければいけないような気になるけど、本当はそんな必要はない。視線や沈黙を思い出す秋、木曜日、朝。わかりづらいことはわかりづらいままにしておくことにした。私たちは明日のプレゼンで発表されるわけでも、今週末の結婚式のスピーチ…
クルマがざるを持ってかまえると、ハバは麺の入ったお湯をそそいだ。 湯気の立ち上る流しでクルマは数回ざるを振り、ハバがそばに置いた平たい皿に中身を出した。 今日のお昼はハバの好きな酸っぱい麺だ。 クルマは酸っぱい麺が好きでも嫌いでもなかったが、…
前髪がきまらない日は学校行きたくない。かわいくなきゃ世界とかどうでもいい。誰のためでもない、ましてやあんたのためなんかじゃない。あたしはあたしのためにかわいいだけ。「恋する乙女」も「無限の可能性」もそっちの都合でしょ。愛とか夢とかたいした…
丈の短いスポーティな紺のワンピース。裾がほんのりと透けてる白レースのスカート。アニメのキャラクターが真ん中に大きくプリントされた白のTシャツ。黄色地に水色のストライプのだぼっとしたシャツ。体のラインを強調する露出度の高い黒のワンピース。 す…
「コーヒーだよ、コー、ヒー」 みんなはえええっと声をあげて、信じられないものを見たような顔になった。 わたしもすごく、びっくりした。 まりんちゃんはなぜか恥ずかしそうにうつむいた。 「コーヒー!だよ!パー、ティー、って言うべや!」 「やっぱ東京…
ねむい。 さっきから世界が上下して何度も机に頭をぶつけている。 いけない、隣の席は愛しの雪野さんだからな、よだれとか垂らせない。 雪野さんは今日も一つ結び。髪の生え際の産毛がよく見えて最高だ。 一週間前に席替えしてから雪野さんが話しかけてくれ…
1年ぶりに会った妹の装いに私は言葉を失った。 オフショルダーのトップスにレースの膝丈スカート、手にはクラッチバッグ。 「きくちゃん…それなに…」 やっとのことで絞り出した声に紀久は 「なにってなに」 とめんどくさそうな顔で返した。 「いつからそん…